お侍様 小劇場

   “罪作りな呟き” (お侍 番外編 102)
 


漆黒の闇を引き裂くように、
鋼の轍がやはり鋼鉄の線路を軋ませる、
それは耳障りな悲鳴が、
終わりを知らぬかのように延々と続いている。
薬でも投与されているのか、正体のないまま弛緩し切った大人一人、
肩に担いでのコンテナのドアを蹴破れば、
作業服のズボンに上着なしのシャツ一枚という薄着を、
容赦なく叩くばかりな猛烈な風とそれから、
進行方向から警笛の声が高らかに鳴り響いて来て。
なんびとも行く手を遮るなかれと、
操縦者のない暴走列車が狂ったように叫ぶのが、何とも忌々しい限り。
車体の端へと取り付けられた簡易のブレーキは、
この貨車のものだけが機能していて、後は無残にも破壊されており。
ぎちぎちとハンドルを回し絞め、停止するようしはしたが、
残り十数台もの貨車の加速に拮抗させるには、あまりに非力で足りなさ過ぎ。

  某国の疑獄事件の証人たる青年判事を、
  攫ったその上、事故死に見せかけ亡き者にしようという企てありて。

内政干渉に当たるので、
どこの国の組織であれ、口も手も出せぬまま。
さりとて、そのまま有耶無耶に片付けられるてしまったならば、
その政権は味をしめ、ますますの専横を重ねることは明白で。
かつての革命政権設立時に設けた、せっかくの自浄機関へは、
機能を妨げることにばかり長けて来ており。
残虐非道な手段も厭わず、国を滅ぼす害虫ならば、

  いっそ引導渡すが重畳だろと。

東洋の魔神、倭の鬼神が目をつけたのが向こう側へも伝わったものか。
証人への容赦のない追跡と拉致が敢行され、
やっとのこと追いついたのが、
彼へと下された処刑の只中、無人のまま暴走する列車の中とあって。

 “このくらいで葬り去れたと思うなよ。”

絶対証人が、魔物よ鬼よと呼ばれ、
どんな組織にも息の根とめられないのはどうしてか。
世界の警察を自負する某国の組織までもが、
善しにつけ悪しきにつけ、触らぬ神に何とやらを通すのはどうしてか。

 “……。”

夜光塗料が針を光らせる腕時計を見下ろし、
自身の心音で幾つかを数えてのち。
夜陰が垂れ込めるほかには何もない中空へ、
古びた鉄橋を行く貨車の横っ腹から飛び出した、
精悍な壮年殿の長々とした蓬髪が、
風を受けての躍り上がった様を、
すすけたライトが次々通過し、まだらに照らして……すうと消えた。






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