漆黒の闇を引き裂くように、
鋼の轍がやはり鋼鉄の線路を軋ませる、
それは耳障りな悲鳴が、
終わりを知らぬかのように延々と続いている。
薬でも投与されているのか、正体のないまま弛緩し切った大人一人、
肩に担いでのコンテナのドアを蹴破れば、
作業服のズボンに上着なしのシャツ一枚という薄着を、
容赦なく叩くばかりな猛烈な風とそれから、
進行方向から警笛の声が高らかに鳴り響いて来て。
なんびとも行く手を遮るなかれと、
操縦者のない暴走列車が狂ったように叫ぶのが、何とも忌々しい限り。
車体の端へと取り付けられた簡易のブレーキは、
この貨車のものだけが機能していて、後は無残にも破壊されており。
ぎちぎちとハンドルを回し絞め、停止するようしはしたが、
残り十数台もの貨車の加速に拮抗させるには、あまりに非力で足りなさ過ぎ。
某国の疑獄事件の証人たる青年判事を、
攫ったその上、事故死に見せかけ亡き者にしようという企てありて。
内政干渉に当たるので、
どこの国の組織であれ、口も手も出せぬまま。
さりとて、そのまま有耶無耶に片付けられるてしまったならば、
その政権は味をしめ、ますますの専横を重ねることは明白で。
かつての革命政権設立時に設けた、せっかくの自浄機関へは、
機能を妨げることにばかり長けて来ており。
残虐非道な手段も厭わず、国を滅ぼす害虫ならば、
いっそ引導渡すが重畳だろと。
東洋の魔神、倭の鬼神が目をつけたのが向こう側へも伝わったものか。
証人への容赦のない追跡と拉致が敢行され、
やっとのこと追いついたのが、
彼へと下された処刑の只中、無人のまま暴走する列車の中とあって。
“このくらいで葬り去れたと思うなよ。”
絶対証人が、魔物よ鬼よと呼ばれ、
どんな組織にも息の根とめられないのはどうしてか。
世界の警察を自負する某国の組織までもが、
善しにつけ悪しきにつけ、触らぬ神に何とやらを通すのはどうしてか。
“……。”
夜光塗料が針を光らせる腕時計を見下ろし、
自身の心音で幾つかを数えてのち。
夜陰が垂れ込めるほかには何もない中空へ、
古びた鉄橋を行く貨車の横っ腹から飛び出した、
精悍な壮年殿の長々とした蓬髪が、
風を受けての躍り上がった様を、
すすけたライトが次々通過し、まだらに照らして……すうと消えた。
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